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シネトイ魂!洋画のススメ vol.1『バットマン』
2020.05.28
シネトイ魂!編集部の映画ライターが、シネトイファンがもっと洋画を楽しむためのコラムをお届け。
第1回は「S.H.Figuarts バットマン(BATMAN 1989)」が魂ウェブ商店にて6月7日(日)まで期間限定受注中の『バットマン』にまつわるエピソードをご紹介します。
もしも1989年に『バットマン』が公開されていなかったら、今のコミック映画ブームはなかったかもしれない。それぐらい『バットマン』が後のコミック映画に与えた影響は計り知れない。『バットマン』以前にも『スーパーマン』(78年)が世界的なヒットを記録していた。しかし、ティム・バートンが、「『スーパーマン』は良くできてると思ったけど、コミック・ブック固有の感じが表現できたかっていうと、実際にはうまくいってなかったな」と語るように、コミックのヴィジュアルやムードを再現した大作映画は『バットマン』以前には存在しなかった。
『バットマン』映画化の企画が始動したのは1979年。当時、「バットマン」の実写化といえばアダム・ウェスト主演のTVドラマ版『バットマン』(66~68年)の印象が強かった。しかし、少年時代から熱心なコミック収集家で、『バットマン』の製作総指揮を務めたマイケル・E・ウスランの考えは違った。彼はポップでコミカルなTV版に不満を抱いていた。
「原作者のボブ・ケインがイメージした闇夜に活躍するヒーローの姿を描きたかった」
そう語るように1939年に『Detective Comics』で誕生した初期のバットマンはミステリアスな存在で、作風もダークであった。ウスランはまず『スーパーマン』の脚本に関わったトム・マンキーウィッツに脚本を依頼。トムが書いた脚本は、バットマン誕生の経緯を描いたもので、ヴィランはすでにジョーカーであった。後にこの脚本を読んだティム・バートンはこう語っている。
「本質的には『スーパーマン』と同じだった。名前が違ってただけだ。ブルース・ウェインの子ども時代から、彼が犯罪戦士として活動をはじめに至るまでを追ったストーリーは、同じようなふざけた調子だった。『バットマン』のグロテスクな性質のことなんて、何も認められてなかったんだ」
この頃はまだ、ウスランが抱いていた、影のあるヒーローのイメージを共有できる者はいなかった。コミック映画を老若男女問わず観に行く今では考えれないが、大ヒットしたコミック映画が『スーパーマン』しかなかった1980年代初頭のコミック映画氷河期に、ダークヒーローの活躍を大作映画にする事は、まったく前例のない無謀な挑戦であった。
1985年、『バットマン』の企画が始動して6年が経った。しかし、まだ監督も脚本も決まらなかった。その間、『グレムリン』(84年)のジョー・ダンテや『ゴースト・バスターズ』(84年)のアイバン・ライトマンなどが監督候補に挙がったが、決定には至らなかった。脚本も迷走し、様々な案が出された。その中には妥協の末、ウスランが敬遠していたTV版のようなコミカル路線の映画にし、コメディ俳優のビル・マーレイがバットマンを演じる案もあった。映画の企画は膠着状態におちいり、頓挫しかけた……。
1986年、フランク・ミラー原作のコミック『バットマン: ダークナイト・リターンズ』が発表され、バットマンのダークなイメージが復活。これが映画の企画に追い風になった。 そんな時である。初の長編監督作 『ピーウィーの大冒険』(85年)を成功させたティム・バートンに監督の白羽の矢が立ったのは。
監督を引き受けたバートンは早速、脚本家のサム・ハムと共にストーリーを練り上げた。しかし、監督2作目の『ビートルジュース』が公開し、成功が確認されるまで正式なゴーサインは出なかったという。
『ビートルジュース』がヒットした後、彼の次回作が『バットマン』と知った映画ファンの多くが、『ビートルジュース』のポップでダークな作風からTV版『バットマン』をゴージャスにしたような映画を作るのだろう、と思った。しかし、バートンの考えは違っていた。
「僕はTV版を見て育ったし大好きだった。僕の経歴を見れば、TV版みたいな作品を作りそうなものだけど、そうはしたくなかった」
バートンは熱心なコミック読者ではなかったが、バットマンの影があり、人間の二面性が描かれている点に惹かれていた。彼もウスランのように本来のコミック版にあった暗い雰囲気の映画を作りつもりであった。そんな彼は映画を作る際、アラン・ムーア原作のコミック『バットマン:キリングジョーク』からインスピレーションを得ていた。
狂気を宿した目
監督がバートンに決定してから、映画の準備は憑き物が落ちたように着々と進んだ。
ジョーカー役は第一候補のジャック・ニコルソンに決まった。彼は『ビートルジュース』を気に入ってバートン監督作の出演を快諾した。
しかし、バットマン役は難航した。バートンは何人もの候補者と会った。皆、健康的でバートン曰く「アゴのがっしりしたヒーロータイプの男」だった。彼らを見たバートンの中にある疑問が浮かんだ。なんでこんなマッチョがわざわざコウモリの扮装するんだ?
ブルース・ウェインがバットマンになるのは、彼ががっしりした体格ではなく、そうする必要があるからだ。コウモリの格好をして、自分を恐ろしく見せて犯罪者を威嚇したいからだ。そんなキャラクターを演じることができるのは彼しかいない……。バートンの頭に1人の役者が浮かんだ。マイケル・キートン。『ビートルジュース』でクレイジーな幽霊を演じた男である。
「彼のルックスはヒーロータイプではない。だからこそコウモリの扮装が必要だ」
バートンはキートンの目にも惹かれていた。
「彼の目は知性や強さと同時に狂気が潜んでいる。バットマン役はマスクをかぶるから目が重要になる」
かくしてバットマン役はマイケル・キートンに決定した。
しかし、キートンの起用は議論を呼んだ。『ラブ IN ニューヨーク』(82年)、『ミスター・マム』(83年)というコメディ映画出演者の印象が強いうえに、最近演じたのはブルース・ウェインとは超正反対の画期的に陽気な幽霊……。ワーナーには抗議の手紙が5万通も殺到し、ウォールストリート・ジャーナルの1面に批判記事が載るほど話題になった。原作者のボブ・ケインも当初はマイケル・キートンに否定的だった。しかし、バートンは動じなかった。彼はキートンこそがバットマンにふさわしいと確信を持っていた。マイケル・キートンもバートンを信頼していた。
「ティムが監督じゃなければバットマンの役は引き受けなかった」
そう語る彼は劇中、心に傷を負い、夜になるとコウモリに変身するダークヒーローを見事に演じた。
バットスーツ誕生秘話
僕は1980年代後半、『バットマン』が映画化されると知った時、当時の技術で作られるバットスーツがどんなデザインになるのか大いに期待した。それでも、「マスクは硬質な素材だろうけど、スーツはクリストファー・リーヴの『スーパーマン』みたいなタイツ的な衣装になるだろう」と思っていた……仕方がない。そんな時代だっのだから。当時、コミックヒーロー映画は1978年の『スーパーマン』以降、「スーパーマン」がシリーズ化していたものの、他に作られたDCヒーロー映画は『スーパーガール』(84年)ぐらい。
そんなコミックヒーロー映画氷河期に公開された『バットマン』のバットスーツは、僕らの予想をはるかにフライングする、それまで誰も見た事のない新しさとダークな魅力に満ち溢れていた。が、このバットスーツの制作も難航を極めたという。
バットスーツのデザインと制作を担当したのは、『デューン/砂の惑星』(84年)のコスチューム・デザイナーをしたボブ・リングウッド。コミック・ファンではなかった彼は、この仕事のために400冊もの「バットマン」のコミックを読み込んだ。そして、ある疑問に直面した。映画のバットマンもコミックのように全身タイツのパンツ姿にしなければならないのか?
バートンも同じことに難色を示していた。この現状を打破するため、ボブ・リングウッドは、ひとつの方向性を提案した。
「ヒーローらしくない体格のブルース・ウェインが犯罪者を威嚇するためにバットマンになるのだから、タイツなど着てはいけない。もっと強じんで堂々としたデザインのスーツを着るべきだ」
この意見にバートンも賛同。そして筋肉の意匠が施されたラバー製のスーツとなった。スーツの目的が「犯罪者を威嚇するため」となった事から、スーツの色も必然的にコミックの灰色と青ではなく黒に変更された。さらに悪党たちに恐怖を与えるため、バットスーツとマントの表面はコウモリの皮膚のように加工された。
そのマントは、ボブがランチの時に入ったレストランの円卓からヒントを得て作られた。円卓を型がわりにしてラテックスを塗って作られた。マントは撮影の用途にあわせて重厚なものから軽くて風でたなびくマントなど何種類も作られた。ブーツはナイキのシューズをカスタムして作られた。試行錯誤の末に作られたバットスーツの中でも、バートンが気に入っている箇所は、翼と肋骨の部分だという。
スーツは完成したが、ひとつ問題があった。マスクを装着した時、マイケル・キートンの目元が肌色だと違和感が残る。そのため、目の周りを黒く塗って仮面っぽさをなくした。その結果、キートンの独特な目がより引き立つこととなった。これは画期的な試みだった。特殊メイクで俳優の顔をクリーチャーなどに変身させる際に使われる手法だが、ヒーローに使われたのは本作が初めて。『バットマン』以降、コミック映画のヒーローを実写化する際、仮面のヒーローの目の周りペイントするのがトレンドとなった。
そして完成した映画は世界的なヒットを記録。『バットマン』は、コミック映画を新たな境地に導いた。それだけではない。『バットマン』の成功は、大作映画の定義を変えた。映画史的にも革命的な作品である。
Text ギンティ小林
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